
この日は金曜日です。

深センのあちこちでは建築が活発に行われている。彼らは香港に隣接しているだけあって、同じ工法でビルを建てる。竹で足場を組み、建物のまわりを囲んで中身を埋めていくのだ。

どれだけ建物が大きかろうが、変わらない。竹で囲む。きっと引退した中国雑技団のメンバーが飛び回っているに違いない。物理の法則を無視している。
深センのとある会社では、昼の12:00〜13:30までが昼食 & (アーンド) 昼寝 時間である。昼寝なら日本でもやっている人はやっている。しかしこちらのは気合の入れ方が違う。とある事情でおおっぴらに写真を公開できないのでこれをクリックしていただければ彼らの本気がわかるだろう。電灯は消され、物音一つしない。みんな寝る。「こうすることで生産性があがるのです」と説明をもらった。ああそうだよ、そのとおりだよ! 4千年の歴史が生み出した偉大な知恵に違いない(僕が「何千年」のコメントをすると現地の人は必ず、それに千年を足す。5千年なら6千年になる)。
「今すぐ雇ってください」を中国語でどういうのか、わからなかった自分がふがいなくて仕方ない。次に訪問するときまでの課題ができた。

広告に使えるものはなんでも使ってしまえ、という逞しい心意気が見える。最初はうざったいなあ、と思っていたけど考えが変わった。これはこれで味のあるやり方だ。Blade Runnerの広告世界だって美しかった。

広告は目立ってわかりやすければいいのです、と作者の主張が見える。ユーモアがあればなおよい。

スリとして認定された人たちの似顔絵。髪型変えりゃみんな同じに見えますよ同一人物でしょう、いえいえそれは気のせいです、と独り言で会話してしまった。結構な数の人間がだぶっていると見た。

言わずと知れたあの映画。最後(の)武士。どうして日本ではこのタイトルじゃあないの?誰だ、ラスト・サムライなんて自動的な名前付けた奴は。最後の侍、でも侍万歳、でもいいから漢字使えよ、漢字。
コメントありがとうございます。
自分が変わっていることをアピールしてしまう。そうです。そうなんです。「みんな同じだよね、そうだよね」てな環境に育ったもので「人はみんな違う」という概念が未だに自分も抜けていることと、「変わっている」と主張することで怠けていることとか頭が悪いこととか何も考えていないこととかが言い訳できそうな気がするからでしょうね。
そうか、形から入って、本気になることもよくありますからね。形を先に作ってしまえば、途中のすごく不安定な時期を比較的楽にやりすごせるから(迷ったら覚えた型に一旦戻ればいい)有効なのでしょうかね。
linさんの見方は、今まで読んだこと無かったです。
Isaoさん、私もこの映画を見ました。ちょうど正月の時、「世界が意識から生まれるものだ」のような哲学書を読んだ後にこの映画をみたので、「あ、これだ」と決め付けました。
そして、前にIsaoさんが話してくれたことを思い出しました。「日本では足りないのが関係です。」
なぜか、私は、あまり彼女が変わっているところに意識していなかったです。それよりもだれかが変わっているということ自体はあまり意識していません。むしろ、皆さんは(日本人かな)自分が変わっているよとアピールしているように感じています。
それよりも、恋愛してみたい、つまり関係をつけてみたい、そして形だけ先行して、誘う、合わない、待たせる、このようなことを繰り返しているうちに、自分が恋愛の気分に落ちてしまうようなところに、面白いなと感じます。
写真を集めて集めて、そのことで自分の世界に本当の人間が現れてくるとか、みんなそういうことを言っていますよね。
じつは、この映画をみたあと、とてもだれかと話してみたかったのです。笑