エルサレムでの最後の訪問、国立美術館へ行ってみた。広々とした空間に彫刻やら庭園やらテーマ別の美術館やらが立ち並ぶ、とても閑静できれいな場所だ。
死海文書が収められている館はニンニクが地面から突き出たような形をしている。もちろん名前はGarlic Houseだ。嘘です。
庭園はIsamu Noguchiによって設計されたらしい。暗くて写真がとれないのがくやしい。
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エルサレムでの最後の訪問、国立美術館へ行ってみた。広々とした空間に彫刻やら庭園やらテーマ別の美術館やらが立ち並ぶ、とても閑静できれいな場所だ。
死海文書が収められている館はニンニクが地面から突き出たような形をしている。もちろん名前はGarlic Houseだ。嘘です。
庭園はIsamu Noguchiによって設計されたらしい。暗くて写真がとれないのがくやしい。
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I wrote three based on my job.
Tankas about my business
Press the button.
The demo will not start.
Be a man, say some jokes.
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This feature is not supported.
But don't worry.
You can always upgrade.
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How to say we don't have.
It should be available.
It will be available.
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Came from my friend. Sad but true. And hilarious!
Tankas about Windows
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Your file was so big.
It might be very useful.
But now it is gone.
***
The Web site you seek
Cannot be located, but
Count less more exist.
***
Chaos reigns within.
Reflect, repent, and reboot.
Order shall return.
***
Program aborting:
Close all that you have worked on.
You ask far too much.
***
Windows NT crash"d.
I am the Blue Screen of Death.
No-one hears your screams.
***
Yesterday it work"d.
Today it is not working.
Windows is like that.
***
First snow, then silence.
This thousand-dollar screen dies
So beautifully.
***
With searching comes loss
And the presence of absence:
"My Novel" not found.
***
The Tao that is seen
Is not the true Tao - until
You bring fresh toner.
***
Stay the patient course.
Of little worth is your ire.
The network is down.
***
A crash reduces
Your expensive computer
To a simple stone.
***
Three things are certain:
Death, taxes and lost data.
Guess which has occurred.
***
You step in the stream,
But the water has moved on.
This page is not here.
***
Out of memory.
We wish to hold the whole sky,
But we never will.
***
Having been erased,
The document you"re seeking
Must now be retyped.
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Serious error.
All shortcuts have disappeared.
Screen. Mind. Both are blank.
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エルサレムにマルタ島の十字架が飾られている。騎士団の名残か?ますますごちゃ混ぜになってきた。
スーパーマーケットにて。敬虔な信者のために、子供用の喪服じゃなくスーツも売っている。ブルース・ブラザーズ2000のがきんちょが着ていたコスチュームみたいだ。映画はいまいちだった。オリジナルが偉大すぎるのだからしょうがない。失敗といわれることをわかりきった上でなお、作ってくれたのだからそれはすごい。
スーパーマーケットでも身体検査は欠かせない。いったいあの検知器は何に反応するのかよくわからない。デジタルカメラやら小銭やらをポケットに入れていても何も言われないし、ピストルや爆弾だけに反応するということだろうか?何を基準にして判断するのだろうか?
偶然、この人(名前忘れた)がアテネオリンピック、柔道で優勝する瞬間を見た。生包装じゃなく生放送だったと思う。日本で見てもふーん、で終わるけど周りの外国人が「すごいな、彼女は強いよ」などど言ってくれるとかなり誇らしく感じてしまう。
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キリストが処刑されたゴルゴダの丘の跡地は、今は教会になっている。そこへ行ってみた。エルサレムには聖書にまつわる重要な場所が本当にごろごろしている。十字軍が遠征したのも無理はない。要するにキリストがいた時代の世界は本当に小さかったのだ。キリストが生まれたベツレヘムだって、弟子(使徒)を集めたガリラヤ湖だって、全部九州くらいの大きさしかないイスラエルに入っている。
看板に書かれている文字は、英語とアラビア語とロシア語だ。何もかもごちゃ混ぜ、がエルサレムを通じて感じた印象だ。
教会は地下に作られていて、天井も自由に歩ける。ここにはエチオピア系のユダヤ人が多く住み(もちろん黒人)、エチオピア系の教会を作っていた。ごちゃ混ぜが加速する。
ここからゴルゴダの丘跡地に入る。
ついに対面した丘(の跡地)。ガラスケースの中には当時そこに置かれていた岩が安置されている。正面のくぼみに入って祈りをささげる。
ここもまたゴルゴダにまつわる石だ。十字架からおろされたキリストが安置された石、だと聞いたような気がするけど。。
手をおいて祈りをささげる人も、泣き崩れる人もいた。巡礼の地だ。
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エルサレムの旧市街の中をなおも歩く。
ここのアラブ系の女性は頭を覆うけれども顔は隠さないようだ。結婚していれば顔を隠して、していなければ頭だけ、という単純な理解は消えた。ユダヤ教の女性だって頭に何かかぶる。言われてみれば頭、あるいは髪の毛を隠したり無くしたりすることが実に多い。
仏教: 髪の毛をそる(男も女も)
キリスト教: 髪の毛の中心だけをそるか(男:昔のカソリックの神父さん)、頭を覆う(修道女)
ユダヤ教: 帽子をかぶって、髪の毛の中心をそる。横を残す。意図的なバーコード禿げみたいだ(男)、頭を覆う(女)
イスラム教: 帽子をかぶったりする(男)、頭を覆う(女)
頭と、髪の毛にどんな意味があるのだろうか?
街路と、はるか向こうの町並みを眺める。007なんかの映画で手押し車のカー・チェイスをやらせたらスリリングだろう。
市場の中。ユダヤ人、アラブ人、区別無くごちゃまぜに生活する。ひょっとしたら自分は危険なことをしているのだろうか?という疑念が浮かびつつも、人が普通に生活しているんだ、と観察することでほっとする。爆弾テロを防ぐ方法は対立するもの同士が強制的に一緒に住むことかもしれない。自分たちの仲間を殺すかもしれない、と思ったら早々無差別な攻撃はできないだろうから。少なくとも、あちら側とこちら側の世界を完全に分離することが解決になるとは思えない。
香辛料とパンの群れ。
金網の向こうに、小学校がある。遊具があったりする。
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さて嘆きの壁で祈りをささげる様子をクローズアップすると写真のようになる。壁に手を当て、端から見ていると本当に泣いているように見える。隣で熱心に祈っている黒服の人のもみ上げが長いのには何か宗教上の理由があるのだけど忘れました。
小さい紙に自分のメッセージ(願い?)を書いて、壁の隙間に差し込んでおく。差し込んだ紙はそのままにおいておかれて、自然に地面に落ちたものだけが後で回収されて、まとめて別の場所へ保管される。
嘆きの壁での注意事項。
・神聖な場所であることを理解して、分別をわきまえること
・頭を覆うこと(まるい帽子をかぶること)
・祈りをささげている人たちとの不要な接触は避けること
・禁煙
3番目の不要な接触を避ける、には邪魔をするな、だけでなくもうひとつ意味があるようだ。観光客と見ると近寄ってきて、家族を養うためにお金をわけてくれ、とお願いしてくる人が数人いた。そういう人たちとの接触もなるべくしないでくれ、という意味もあるようだ。あまりたくさんお金を渡さないでくれ、とガイドからも釘を刺された。
壁の近くには、穴を掘ってこしらえた喫茶店やトンネルがあったりする。風情があるなあ、と圧倒されるのと、そんなことしていいの、と心配になるのとがミックスされてとまどってしまう。
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嘆きの壁に近づくときには、あるいはそれに限らずユダヤ教において神聖な場所に入るときには、帽子をかぶらなければいけない。小さくまるい帽子。男性専用だ。黒に限らずいろいろな色のバリエーションがあるようだ。スイカを切断した絵になっているものもあった。他はどんなのがいけるだろうか。
・迷路になっている
行列で並んでいるときに前の人がこれをかぶっていれば、かなり充実した暇つぶしになる。限られた時間でいかに謎を解くか?
・山手線みたいに線路が敷いてあって、その上をおもちゃの汽車が走っている
どうせならダイナミックなほうがよい。
・盆栽が生えている
頭に桜の木が生えた誰かさんのように、四季の移り変わりを通して変化を楽しむのは実に風情があるではないか。
壁に向かって聖書(ユダヤ教の聖書:旧約聖書が元になっている、はずだ)を読み、祈りをささげる。件の帽子をかぶるほかに頭と右腕に小さな箱を巻きつける。箱の中にはやはり聖書の一部が入っている。また、白いタオル、じゃないケープをまとう。祈りは通常10人以上で行うのが効果的だそうだが、ここでは人数の不足を心配する必要は一切無い。
男性用の広場と女性用の広場が分かれている。なんか銭湯で仕切り越しに会話をしているような按配だ。すごく神聖な場所なのにリラックスできるのは祈りに参加する人たちの服装がてんでばらばらだからだろう。黒ずくめの人たちばかりだったらそれこそ厳粛になるのだろうが。
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エルサレム訪問の一環として「嘆きの壁」は絶対にはずせない。その昔のユダヤ王国宮殿の中で、唯一現代まで残っている建築物だ。壁の向こう側には秘密めいた通路や部屋やらがあり、右の穴から入れるようだが(おお!)多数の人間が行き来して遺跡がもろくなっているために今は入れないそうだ。無念。
元はどのくらいの大きさがあったのか、と聞いてみると復元図を見せてもらった。真ん中に見える壁の、一部だけが残っている。同僚が以前日本へ出張に来たときに、京都のお寺(名前を忘れた)散策へ連れて行ったことがある。
同僚:「正直君たちがうらやましい」
自分:「どうして?」
同僚:「こんな立派なお寺が手付かずのままたくさん残っているんだろう?僕らには壁の一部しか残されていないんだ」
てなやりとりを交わしたことがある。いくらエルサレムに歴史的遺産がたくさん残っているといっても、ユダヤ人にとって最も大切な、ユダヤの王国の証はこの壁一枚しか残っていないのが現実だ。
車がたくさん止まり、人がたくさん行き来する。どうも24時間、この壁の様子を写しているサイトがあるようだ。真ん中に仕切りがあるのは、男性と女性を分けるため。イスラエルで初めて目にする、本格的に男女を区別する習慣だ。ユダヤ教の厳格なしきたりに従えばそうなるらしい。
検問所も当然ある。空港と同じように金属探知機の中を通るが、黒服に身を固めたユダヤ教徒に混じっているとなんだかほっとする。神父さんやお坊さんに囲まれていると自然とほっとするのと同じだろうか。
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性懲りも無く旧市街について。
迷路のようになっている、という陳腐な言い方が本当にぴったりくる町並みだ。どこに通じているのかわからない小道、というものに昔から強く惹かれてきた自分にとっては、ただたださまよっていたい、いつまでもここにいたい(明るいうちは)、とそこにいるだけで幸せな気分になれた。
アラブ系の家族が見える。信心深いお父さんお母さんと、小さい子供たち、というのがよく見る組み合わせだ。人がリアルに住んでいるのだ、と何度言い聞かせても、まだ少し不思議な違和感にとらわれる。文化遺産とは柵で囲われて外から眺めるものだ、と固定観念が作られているからだろうか。
売店のピザは巨大で、一切れでおなかはかなりいっぱいになる。厚紙に載せられて差し出されるそれを食べながら歩き回ると、単に見て回るより少し自分が周りに溶け込んだような気分に・・・・なろうとしたがあまり変わらない。でもピザはうまい。どこへ行っても、買い食いは旅行の醍醐味のひとつだ。
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エルサレム旧市街の門の前に来た。
一方通行の標識があるとおり、車が通れるのだ。実用的といえば実用的だ。歴史的建築物が生活の一部となる、というのはこういうことだ。しかもヤンキースの松井など比較にならぬニキビ面をしている。これはいったいなんなのだ、と聞くと、答えは当然「昔の戦争の名残だ」。
2-30年前までこの地域はイスラエルに属していなかったことを雄弁に物語っている。
クローズアップ。銃弾の直径よりも大きく、壁がえぐり取られている。映画では、機関銃で撃たれると小さく丸く黒い穴がぽつぽつ空くだけだ。でも現実にはこのように肉が大きくえぐられることになるのだ。
その昔、中学校の国語教師が語ってくれた話を思い出した。彼の父親がすんでいた町は第二次世界大戦中にアメリカの戦闘機から機関銃で攻撃されたそうだ。爆弾を落とされただけではないのですね。機関銃で撃たれると、そのまわりの肉が直径10~20cmくらいのおおきさでぼっこりとそぎ落とされるのだそうだ。件の父親は友達と一緒に川原に伏せて戦闘機をやり過ごそうとしたが、横に寝ていた友達は弾を頭にくらって破裂した、と聞いた。
なので戦争映画でよく見るシーン、ランボーやコマンドーがヘリコプターからマシンガンで敵をなぎ倒すシーン、あれは全部嘘だそうだ。撃たれた後に人間の形をとどめているはずがない、と。
てなことをイメージしながら壁を眺めた。どんな戦争だったのだろう。
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エルサレムの旧市街はどこまでも続く。
兵隊さんもいっぱいいる。ここがユダヤ人、アラブ人、その他もろもろ、がごちゃまぜになって生活している区域だから当然なのかもしれない。のどかな空気と兵隊、機関銃が同居していて、それに違和感があまりない。たぶん人々の顔がみんな真剣だからだろうか。楽しんでいる人はたくさんいるけど、気を抜いている人はいない。いるとすれば僕を含めた観光客だけだ。
生機関銃も見れる。頼めば写真を撮らせてくれるよ、といわれたけどそれは抵抗があったので手のひらにデジタルカメラを持って半ば隠し撮りした。ばればれだと思う。
何が抵抗があったって、まず変ないんねんをつけられてどこかへ連れて行かれるだろうか、と怖かった。無知な外国人と思われるだろうか、と怖かった。写真を撮ることで彼らの真剣な行動を茶化しているようにとられるだろうか、と怖かった。何もかも怖かった。でも本当は"Can I take your machinge gun's picture?"と堂々と聞けばよかったのだろうか。。。
こういうところで物怖じしているくせに、そのくせ同じエルサレム、高速道路上の検問所で堂々と写真を撮ろうとした。他人と一緒だと気が大きくなるようだ。もちろんガイドに止められた。デジタルカメラを没収されたければやれ、と。それは困ります。
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A story from an American soldier in Iraq.
And the severe punishment he is going to get.
Via Joi Ito
I don't know anything about war nor Iraq, and what he says might or might not be true - but the fact that this made a news and lots of people are reading it and spreading (I contribute a little here) - the military might have known better if they needed to shut this guy's mouth up.
The fact that we can still read his essay freely gives us a hope for the future.
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キリストと彼の13人の弟子が最後の晩餐を共にした、というかの有名な場所へも行ってみた。なんかあまりにも前触れがなく、「ダビデ王の棺の次は、最後の晩餐が行われた場所ね」とガイドに告げられて、のこのこと歩いていった。キリスト教を信じるもの、かじったもの、中世の西洋美術に興味があるもの、などなどにとってものすごく大切なイベントが行われた場所へ行く、なんて想像もつかないのに、「はいこれね」という感じで出されると感動など起こしている暇は無い。
エルサレムという町はこんな歴史的に有名な場所が無造作にごろごろしているところなのだ。後日キリストが処刑されたゴルゴダの丘、の跡地にも行った。ある人にとってはとんでもなく神聖で、近づきがたい場所が別の人、特にそこに住んでいる人にとっては生活の一部となっている。
何の変哲も無い、ただの部屋だ。マーケティングのプロが見たら、落胆するかプロ根性に火がつくかして、この場所を一大エンターテインメントに仕立てるだろう。あおるだけ人をあおって、金をふんだくるだけふんだくって、あなたは歴史に触れいているのです、とか興奮させるだけさせていくだろう。
でもこうやって無造作に誰もが歴史に触れることができる、それこそが豊かさなのだ。エルサレムは歴史的に重要なだけでなく、文化的にものすごく豊かな町なのだ。いずれ誰かがこの場所をもっと閉じられた世界に変えてしまうかもしれない。容易に近づけないように、もっとありがたみを増すように、特別な「意味」を付加しようとするかもしれない。そのときに初めて、今こうやって触れているものがどれだけ貴重だったか、わかるのだろう。
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エルサレムを訪問した際にダビデ王の棺を見る機会があった。このような町並みの中に小さなお寺?があってそこに安置されている。ダビデ王は旧約聖書の中に出てくる。巨人ゴリアテを倒した羊飼い、という逸話でいつも紹介される、勇敢な王様だ。この人の後にソロモン王というのも出てきて、この2人がいる間がユダヤ王国の絶頂期だった。そのあとにローマ帝国に滅ぼされてユダヤ人は世界中に散らばることになる。らしい。
一気にお堂の中へ。概観を撮る余裕が無かったので。このような帽子をかぶって入る。頭を覆わなければ、神聖な場所へは入れない。
イスラエルの扉にはどこにもMezuzaといって聖書の一部をしるした巻物が箱に入って打ち付けられているものだが、ここのは特に巨大だ。
棺。といっても別に感慨はない。中が透けてみえるようにするとか、せめてそのビニールのカバーはやめてほしいとか、いろいろあるけど神聖な場所なのだからこれでよいのだろう。
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ヨーロッパの若者がルイ・ヴィトンに限らずブランド品を持っているのを見たことがほとんどない。みんなTシャツにジーンズだ。
広告に出てくるモデルはみんな身長170cm以上で8頭身だ。しかも白人だ。
それを主に買っていくのはアジア人だ。
誰か、「本場ヨーロッパの若者の間でどんなファッションが好まれているかいっちょう見てやろうではないか」ツアーを主催してくれないかな。あまり現実を知られては困ってしまうファッション業界が潰しにかかるか、北朝鮮ツアーみたいに「選ばれた」町並みを歩くことになるのか。
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This entry is dated September 10th on the calender but I actually wrote this in October 1st. I did this to not to put a hole in the blogging calender. Just for my self-content.
After three weeks of absense I start blogging again. I stopped to blog because I didn't feel the urge, the desire to write, for a period of time. Maybe I was simply getting boring of writing, maybe I lost the passion for any kind of writing or expressing myself, maybe I found another thing to be focused, I still am not sure.
When I wrote something, my brain got hazy and couldn't let me focus deeply enough so that I can scoop up whatever is buried in the jumble of consciousness or unconsciousness. It might be that I simple got tired, I figured out, so let it sleep for a few days. And it went on for three weeks.
The most time and energy consuming part of writing is to focus enough to see what is left there in my tiny internal cosmos. If I am able to keep looking, sometimes I'll see something new is fusioned, grow up into a new object which I must have been looking for. That's pretty exciting.
For whatever reason suddenly the focusing started to become very difficult, more exhaustive. I left the subject for a couple of days and - then the desire to write started to vanish. If it made me relaxed, happy, less burdensome, that's fine - after all I started to write because I needed another channel to let the "waste" out of my body other than my daily excretion.
But taking some rest didn't help me either, and I think I know the reason why though I don't write it here, and it is not simply because I stopped to write, but anyway it's time to change some rhythm.
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六本木ヒルズで回転ドアの死亡事故があって以来、霞ヶ関ビルの回転扉も止まったままだ。さらに、テロの対策として特別警戒を実施しているらしく、正面玄関もしまったままだ。ということでみんな横の扉を手で押して中に入る、ということをしている。どちらにも共通していることは、何の意味もないだけでなく確実に日常生活を不便にしていて、しかも関わっている人間ほぼ全員がそれを理解しているにも関わらず「あのビルは何もしていない」とマスコミで書かれるのが怖くてなんとなく周りのやっていることに従う、という空疎さだ。
誰か早いところ「エレベーターで爆弾テロ」あるいは「エレベーターにはさまれ圧死」をやってくれ。そうすりゃ22階に住んでいる偉ーい人たちは当然、毎朝階段を歩いて登るのでしょうな。健康にいいっすよ。東京中のビルがおごそかにエレベーターを使用停止にする。並みのコメディ映画(見方によってはホラー)より数段上のエンターテイメントだ。
トヨタのハイエースでやってもだめなのだろうな。VWの古いタイプだから露天のコーヒー屋という風情が出るのだ。でもいったい何がかっこいい・かっこわるいを決めるのだろう?何故VWならよくて、ハイエースではだめなのだろう?VWは貧乏で、ハイエースは貧乏くさい。「くさい」からだめなのだろうか。だとしたらどうして世の中に貧乏くさいものがどんどん増えていくのだろうか。
霞ヶ関ビルの広場で開催される立派なコンサートで演奏される曲目を拾ってみた。ブリトニー・スピアーズ(この人は聴くより観るものでしょう)、ケニー・ロギンズ(Footloose。以上)、ブルース・ブラザーズ(これは意外とさまになるかも。ブラスバンドを増やして、サングラスかけて帽子をかぶればかなりいけるぞ)、福山雅治。
笑いをとろうとしているわけでないところが絶妙に不条理な空気を醸し出している。聞こえてきたら逃げよう。
3年間、心血と金を注いで作り上げられた映像作品が2つあわせて1500円で売られる。近頃の若者は表現するということを軽く見ている、という誰か芸術界の大御所からのコメントが頭に浮かんだ。こんな大安売りの現実を毎日見せられたら、そりゃ映画なんて気楽で簡単だ、と勘違いするよ。
べただけどいいぞ。でもこのデパートの抱える問題は全力投球することでも、営業時間を長くすることでも解決することはできない。彼らは最近夜10:00まで営業時間を延長した。
古くて貧乏臭くて買う気も行く気もが起こらない、というのが問題なのだ。あと、店舗の天井が低い、というのも致命的だ。知らないうちに息苦しくなってしまう。全力とーきゅーのエネルギーと予算と人員をとっとと建物の改装と品揃えの一新と若手の昇進に振り分ければいいのに。同じとーきゅーでもハンズとデパートの違いはどこから来るのだろう?
最近いろいろな法律が次々に作られる。ストーカーが増えた、テロが起こった、プライバシーの侵害が著しいらしいぞ、きっかけはいくらでもある。法律を作ってしまえばいい。よりどころさえ作ればあとは「法律だから」の一言でめんどくさい説明や説得は必要なくなる。今までできなかった搾取も自由にできるようになるし。
しかし誰が法律のメンテナンスをするのだろう?作ったのはいいけれど定期的に見直して改定したり、必要なくなったら破棄したりするのだろうか?その答えはもちろんNOだろう。見直しや試行錯誤などというものをしたくないからこそ作った法律なのだ。規則の増加は、内容がよかれ悪かれ生活や仕事上の裁量が小さくなることを意味する。この先、ますます過ごしにくい社会になるだろうな、と半ば僕が確信している理由のひとつはこうやって法律が無秩序に作られている現実だ。
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Ben-Gurion airport is full of mystery and wonder.
The long line of security check was indeed annoying, though. This time they checked my pair of sandals. A young security officer, in his early 20s, held my sandal in one hand and brought a metal-detector lookalike gadget closer to it. Maybe a sandal is a perfect place to hide your detonator.
(They didn't pay any attention to my laptop PC, my sample IC chips, and my digital camera.)
The first mystery: Howard Stern Jewery Store. I guess the diamond rings are actually crystal sugars. Well, it's still not so bad...
I thought hard to find a reasonable explanation for why on earth we should buy a washing machine in the airport. ....I should have asked the clerk.
Yes, cooking is an essential part of our lives. Everybody needs a cooking facility. Maybe I can put my cat or a dog in the oven area to save some cargo room.
Yes, it is a nice fridge. By the way, can I bring this with me on the plane?
What is Kenwood doing here? A brand new, 5 speed Turbo mixer? Maybe it is more lucrative than building huge mixing consoles for the studios. At least we all have one in our home.
Hi Hyundai, nice to see you in the airport, rather than on the street. Toasters: certainly less risky than the ever-shaky automobile business.
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ハリウッド大作映画を立て続けに見ると神経が妙に高ぶって気持ち悪くなる。
M.Night Shyamalanの最新作だ。
この人の映画をThe Sixth Sense, Unbreakable, Signs, The Villageと4作見ていくつか共通点を上げてみた。
・まず結論ありき、それにたどりつくことが映画のテーマになる。4作ともすべて、意外な結末が売り物だ。
・有望な新人を発掘する天才だ。
The Sixth Sense:"I see dead people"とのたまうあの子役を発掘した。嫌いだけど天才だ。
今回:Bryce Dallas Howardというお姉さんはRon Howardの娘だそうだけどそんな生まれは関係なくすごい俳優だ。
・アメリカの暗い部分をぐりぐりと、かつさりげなく抉り出す。いいわ。
The Sixth Senseでは娘を毒殺する継母のエピソードが心に残るし
Unbreakableではごみ清掃人が見知らぬ家族を惨殺する場面がすごくリアルだし。今回もまた「病」を描写する。
・結末の驚きがいつも話題になるけれど、ただの映画としてみても決してつまらなくない。丁寧に、じっくりと、じわじわと、決して大げさになりすぎることなく作っている。後から見直してみてああこんな意味があったのか、だからここはこうでなくてはいけないのか、と宝探しをする醍醐味はクエンティン・タランティーノの映画と通じるものがある。
・サスペンスの盛り上げだけを担当する監督として他のホラー、スリラーでも活躍してほしい。この人が演出すればどんな平凡な設定でも恐ろしくなりそうだ。本当にじらし方がうまい。観ている間、ああもう我慢できない、と何度かあぶないコメントを口にしました。
I, Robotとは対照的にこの映画は偏愛に満ちている。次回作もまた楽しみにしよう。
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Now there are trains running. But most people use car for their commuting (and the companies lease cars as a part of the benefit) as far as I know. And the traffice jam is horrendous - in the worst case, almost the same as running in the middle of Shibuya or Shinjuku, or downtown Bangkok. It's a classical chicken and egg example - you need a fairly broad train network to convice people, but you need demand from them to build the network..
The highway that leads us to Jerusalem.
The primitive fence that separates Israeli territories and Palestinian terrirories. Pretty soon these fences will be replaced by hard walls.
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Started from Tel Aviv and on the way to Jerusalem. The sky is always clear and the road is always crowded.
We are approaching a district called Diamond Town - people trade diamond there. Tall buildings, lavish hotels...
One of the great things about Israel's streets are the roadside tree. So rich in shape and size and colors, although we are in the center of the town we feel like driving in a park or a beautiful countryside.
Most of the apartments are three to four floors high - this is due to the immatured architectural skills, and nowadays people build taller & more expensive housing complex here and there.
Another symbol of Diamond Town - they planned to build a third building but due to the recent economic downturn it remains as the twin tower. I guess the third one be a triangular shape.
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I, Robot はアイザック・アシモフの同名小説とは何の関係もないそうだ。CG+ウィル・スミスのギャグ+アクション さえあればいい、他のもの全ては、脚本も含めて、その3つを成り立たせるためにある、そんな映画のひとつだった。確かに退屈はしない。でも見終わったら何も覚えていない。Disposableな映画とはこういうものをさすのです、というよい見本だ。
娯楽映画としてよくできていればそれでいいのです、と割り切っているのなら、そしてくさるほど金と才能を使えるのなら、どうしてこの手の映画はレイダース/失われたアークくらいに面白くならないのだろう?徹底的に娯楽でありながら、そしてそれだからこそ、何度見ても楽しい映画にするのはそんなに難しいことなのだろうか。脚本のそこかしこに伏線を張ってそれがちゃんと生かされて、どんでん返しもあって、間延びする演出も無くて、と文句のつけようがない、のオンパレードなのだけど結局心に何も響かない。これでここが足りない、あそこの詰めが甘い、とけちをつけても何の意味もない。たぶん、何かが決定的に欠けているのだ。その何かとは多分「偏愛」と呼ばれるもので、それは特定の場面に表現されるものというよりも全ての場面でほのかににおってくるものなのだ。この映画の監督はダーク・シティという映画でかなり映像的に変態な面を見せている(カルトなファンが多いらしい)。今回は変態になれなかったのだ。予算が大きいとか大スターが出ているとか後で述べるようにスポンサーがうるさいとかいろいろ理由があって。
でもCGのアンドロイドは本当に、本当によくできていた。アカデミー賞の候補にしよう。あと、ウィル・スミスが画面に出ている限り退屈することは決してない。その人を見るために金を払って映画館に入るorビデオを買ったり借りたりする、というのがスターの条件だとしたらこの人は150%それを満たしている。
最後に、あまりにわざとらしいのでうんざりしたのが恥も外聞もない広告だ。
JVC, Audi, Converseのロゴがでかでかと表示される。Converseなどは「2004年モデルだよ」とわざわざ解説付で(かつアップで)紹介される。Audiは車を正面から見たシーンでは出っ放し。
Cast AwayにおけるFedexとMoltenとか007シリーズにおけるBMWとかMinority Reportにおけるトヨタとか、正直勘弁してくれい、と憂鬱になる。自分たちの製品が無断で借用されると訴訟を起こし、その一方でお墨付きを与えて製品の広告を映画の中で行う。正直疲れてきた。
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The real Oasis in the middle of the desert: Ein Gedi.
An oasis, a natural reserve, and numerous hiking routes. Most of the routes are forbidden to enter after 11:00 or 12:00 - since the heat is so intence, they cannot guarantee you will come back alive if you start climb after morning and get lost..
Exotic wild animals await you: they even have leopards in this area, though they will never come out of their caves in daytime.
You can get this close. It reminds me of the safari treck in Botswana.
Vultures fly freely in the desert. This is how it shoud be.
Green moss and blue water - that makes Ein Gedi a special place.
The main waterfall - coming out of nowhere, surrounded by a wealth of greenery.
This one you cannot get too close (the chain doesn't mean anything to some... The soft, green moss and its ecosystem must be fragile and should be kept as it is. The famous cidar tree (7,200 years old) in Yakushima, Japan, was surrounded by ropes when I saw it 5 years ago - indeed it was huge, solemn, and maintained a divine feeling. Look at the pictures here. We can see the details clearly - the wrinkles engraved on the trunk, the twisted roots and branches - but why so clear? It is because the visitors, increasing year by year, climbed up on the tree and scraped all the moss covered it.
The fragile ecosystem which, unfortunately, is used for souvenior shot too often.
Glorious view of Dead Sea and Jordan on the other side.
Non-twisting soft serve cream. Reminds me of ...., never mind. Not only it tastes well, it is almost meltproof.
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時代は変わった、というコメントを聞くようになってしばらくたつ。特に仕事をしていると、その言葉をよく耳にする。そのあとにこんな言葉が続いて、ああそうですね、とうなずくというパターンだ。思いついたのをいくつか並べてみる。
「いいものを安く」
「即戦力を採用」
「自分の考えを持って行動」
「変化に適応できる体質が求められる」
僕も時々使う。でも聞いた後、そして使った後はもっと、違和感を感じる。上にあげたコメントはいずれも、「自分では何もしたくない、何も変わりたくない、何も考えたくない」という願望が先にたって、それにつられて使っている気がするからだ。たぶんその言葉を使い始めた人たちは自分の経験から言葉を搾り取って、その言葉の意味する本質が何者であるかわかっていたのだ。でも僕の日常会話で気楽に使われはじめると、本質的な意味は横におかれて便利さ、手軽さが前面に出てくる。
何故いいものを安く、と強調するのかといえばそれ以外にどうやって商売を続けるかアイデアがないからだ。あるいはアイデアを出して、それを実行するのが怖いからだ。安く作ろうとする側は、昔からえんえんとやってきたことを続けることで何とかしのげないだろうか、と考える。安く買おうとする側は、楽しておいしい思いをしたいなあ、と考える。双方にとってまことに都合のよい、「時代の要請」という大義名分を与えてくれるのがいいものを安く、という標語だ。
即戦力がほしい、というのは変化することを考慮に入れたくないからでてくる言葉だ。やることを決めてしまって、不確定要素を排除して仕事をしたいから、そして決まったイメージに当てはまる人とつきあいたいからだ。履歴書を見て人を判断したい、ふるいわけたい、そうすれば採用に失敗した言い訳もたつしというみもふたもない要望から出てくる言葉だ。でもどんな組織でも仕事でも、人材としての真の価値が履歴書を見てわかるわけがない。
自分の考えを持って行動する、はもちろん自分の考えなどというものがどんなものかわかっていないから口に出てくる。困ったことが起こってにっちもさっちもいかないとき、どうしたらいいのか検討もつかないとき、何も考えられないから「自分の考え」というものがありさえすればこんなことにはならずにすんだのに、と思って出てくる言葉だ。
だから本当に言いたいのは、どうすればいいか教えてください、というお願いだ。本当に不足していたのは解決策ではなく、解決策を見つけよう、作ろうとする意思だ。意思を持って行動するのはしんどいし自分もしたくない、だから解決策出してよ頼むから、と人にお願いする態度がこんな言葉を作り出す。
変化に適応できる体質が求められる、も上と同じだ。
現実に対応するために使われるはずのこれら全ての発言の真の目的は、現実からの逃避だ。こういう時代だから、などというたいそうな、でもよくわからない言葉を使うのはその後ろめたさを消す効果も持っている。
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Via Vincent
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I voted for ABB (Anybody But Bush)
Stunning is the result from Iraq - Bush is slightly more popular than Kelly.
Bush: 152, Kelly:148 (as of today)
Hmm, I guess Bush and his allies are bombing one of their strongest supporters in the world...
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Title: missing angles in our familiar views Background story / Title font
Author: a nomad technical writer living in Taiwan melts technology and communication in the Asian pot. Portfolio / Profile