こんなツイートを流しました。
海外就職の話がさかんだけど、「海外の海外企業」と「海外の日本企業」を注意深くわけて話を進めたほうがいいと感じる。つうか、最初は後者に入って、機会を見て前者に転職、というのが空気として前提条件で存在するんだろうか。
— 加藤勲 (@isaokatojp) May 25, 2012
海外就職する理由で多分一番大きいのは、「日本で希望が見つからない」ではないかなと思います。ここでは得られない希望を探しに、海外に行く:べたですけど、僕はそうして台湾にたどりついて、なんてことのない人生だけどこの選択だけは間違っていなかった、と断言できます。個人的な体験ですが。
海外就職セミナーもよく開催されていて、それ自体は素晴らしいのですが、少し注意したほうがいい点があります。「自分は住む国を変えたいのか、それとも日本社会から抜けたいのか?」をはっきり区別してみてはいかがでしょう。なぜかというと、「海外就職」といいながら、海外の日本企業支社への就職が(無言で)前提とされているような、不気味な空気を感じるからです。
日本企業への就職が前提にもかかわらず、それを堂々と言えない空気を感じます。日本を出るのに、日本に頼ることについての後ろめたさでしょうか?あまり健康的では有りません。
僕は、「日本社会」から抜け出そうと希望して台湾にやってきました。なので、現地で職を探す際にも「日本との連絡役」でない職を探しました。そういう職は限られているのは事実です。でも、日本企業や連絡役になると、あのどろどろした人間関係や、意味不明に細かい規則や、無意味に強い同調圧力に逆戻りです。それだけはごめんでした。
「日本社会から抜ける」ことが前提だったので、最終的に見つかった仕事が日本語教師であっても、その目的は達成できます。相手をするのは台湾人か外国人だけで、雇用主も台湾企業です。たとえ聞こえは悪くても、特に好きとも思えない仕事であろうとも(やったことないから来る偏見ですが)、当初の目的は達成できるではありませんか。
国を変えたいだけで、日本企業で働くことになんの抵抗もないのであれば、海外転勤を念頭に入れて日本で就職するほうがあっているのかもしれません。 まあ、個々の選択肢について、何が良いのかはやってみないとわかりません。肝心なことは、もやもやになっている部分は最初からはっきりさせたほうがいいだろう、ということです。そのもやもやしている部分こそが、自分が考えなければいけない大切な箇所だろう、と思うからです(大切=大変、なのでもやもやにしておく方が見かけは楽なんですが)。