Japanese soccor players

今回は海外へ移籍した、またはしている日本人サッカー選手について考えたことを。最近のくせかもしれない。

日本のサッカー選手がイタリアやイギリスの一流サッカークラブに招待されるのはジャパンマネーが期待できるから、とヨーロッパのマスコミどころか一般人まで言い切っている。名波がベネチアで10番をもらえたのも、高原がリバープレートでプレーしたのも、もっとさかのぼれば三浦カズがイタリアでプレーしたのだって、実力はともかく国際舞台での実績を考えれば他の国の選手だったらありえなかったはずだ。アジアのサッカーシーンで何が起こっているかなんて、ヨーロッパでも南米でも誰も知らない。この前のワールドカップだって、直前になって日本と韓国が地続きでないことに気がついてあわてて飛行機のチケットを購入したジャーナリストが少なからずいたと聞く。僕たち日本人だって、韓国のリーグで何が起こっているかなんて全く興味はない。歴史も、実力もあちらのほうが上か、互角であるにも関わらず。

中田英寿が注目を浴びたとき、彼を野球の野茂になぞらえたことがあった。何だ、本場でも通用するんだ、と日本のプロが気づいてしまったんだなあ、と思った。禁断の果実を食べたといえばいいのか、俗な例では初体験を済ませた後のように、一度知ってしまったらもう二度と元へは戻れない世界(あるいは時代)に入ったのだ。
それは今でも変わらないけど、「本場で通用するのは野球よりはるかに難しいことなのでは」が最近は加わってしまった。中田の後にはまだ誰も続いていないから。ところどころがんばっている選手はいるけど、日本人が落とす金を抜いてもなお世界的に認められる選手が他にいない。小野はすごいらしいけどまだ今はオランダリーグで活躍している段階だ。イタリアやスペインやイギリスや、やや下がってドイツで活躍して初めて名前が知られる。

海外にちょっと行ったけどあまり水が合わなかった、やはり日本で精力的に活動しよう、てな感じで「いつでも戻れる」だったら簡単なんだけど、どうも海外に行ってちょっとつまずく人は、日本代表の座をも同時に失ってしまうようなのだ。フランスワールドカップの前後に何人か海外へ行った人が、中田以外にもいた。
城はワールドカップの直後にスペインでプレーして、レギュラーをとれずに帰ってきたと思ったらJリーグでも活躍できなかった。2002年のワールドカップの時には20代の後半だったから、本来なら一番油が乗っている年齢なのに。
川口もワールドカップ直後にイングランドの2部リーグへ行き、最初はなぜ川口ほどの選手が2部なのだと頭にきたけど、そこでレギュラーをとれなかった。今でもヨーロッパにとどまって努力を続けるのは敬服する。でも、代表のキーパーの座は楢崎(名古屋在住)に奪われたままだ。
前園はワールドカップ前に、ブラジルへ行って修行したりした。でも結局代表になれなかった。フランスの時に、日本のフォワードは点が取れないとかチャンスを作れないとかいろいろいわれた。何故前園を呼ばんのか、少なくとも一対一でドリブルはできるぞ、と思ったのは僕だけではなかったはずだ。でもやっぱり何かが足りなかったんだろう。

彼ら「海外組」の絶対的な能力は、強い連中と一緒にプレーすることで伸びているのだと思いたい。でも、代表になれるかどうかはそのときの「勢い」で決められてしまうようだ。だったら日本の地元のチームで努力するべきだ、よほど自信がある以外は現実離れした余計なこと(本場で挑戦する)を夢見たりするのはやらない、と考えるプレーヤーがいてもおかしくない。海外へ行くことで結果的に活躍できる場を狭めてしまったように見えるプレーヤーは、実際にどう思っているのだろうか。

単なる推測だけど(僕の文章では推測以外の部分の方が少ないのだけど)、誰も後悔していないと思う。結果がどうあれ、自分はやりたいことをやった、と思えることの意義はとてつもなく大きいのだ。30歳になったら引退がちらつくような職業では、目の前のチャンスを逃すことのリスクは想像がつかない。今でもいろいろな選手が海外でプレーを求めて出る。彼らも先例から、成功する確率が異常に低い、といい加減わかっているのだろうけど、それでも行く。

なんでこんなことを書くかというと、自分のこれからのことを考えると弱気になることが時々あるので、元気付けるためです、はい。

ちなみに中田選手がパルマで成績不振の戦犯扱いされていたとき、なぜか安心したことがある。中田も所詮人間だったか、そうだよなあやっぱり難しいよなあ、と安堵したのではなくて、彼はファンから不当な扱いを受けるほどのプレーヤーに成長したんだ、ぱっと出の客寄せパンダではなく結果を出して当然の存在とみなされているんだ、と改めて感服したからだ。これについてはまた書くかも。